
2025年、いろいろありました。書きたいことも書いていない日々ですが、それはゆっくりと今後書くことにして…
今日は、新年の和菓子について書いておこうと思います。
写真は、現在の職場【日本茶と和菓子エフ】にて盗撮w
奥は「春告げ草」の練りきり。春告げ草とは梅の別名で、春に先駆けて一番最初に咲く梅をそう呼ぶそうです。北海道じゃ5月に桜とほぼ一緒に咲くのでピンと来ませんが…笑
可愛らしくて、食べるのがもったいない、そんな和菓子です。
そして手前が本日のわたくしが語りたい和菓子…和菓子の奇跡「花びら餅」です。
平安時代に遡りまして、現在と異なり正月三が日は「歯固め」として、硬いものを食べる事で、健康や長寿を祈ったそうです。その時は魚の鮎の塩漬け(押鮎/塩鮎)などを食べていたとか。宮中での新年行事だったと言われています。
それが、時代もながれ江戸時代になってから、食の流行などもあり薄く伸ばした白い餅の上に赤い菱餅を乗せて(ひな祭りの菱餅をイメージしてもらえると分かりやすい?)、その上に押鮎を乗せて提供(この時の餅は保湿の為だったので食べませんでした…贅沢!)する形に変化。
これがまた時代が流れて簡略化され、押鮎が牛蒡にかわり(なんで?!)、食べやすいように味付けとして味噌をはさみ、さらに乾かないようにって、餅をたたんだそうなんです(諸説あり)。
そして、餅でしょ、味噌でしょ、お正月だもんね~のノリで、宮中雑煮や包み雑煮と呼ばれるようになったそう。
(西日本では丸餅をみそ仕立てにする雑煮が主流なので、宮中=京都のルールってことらしい)
江戸時代には、挨拶に集まる公家の方々に毎回雑煮をふるまうのも大変なので、この簡略版雑煮を配ったところ、白い餅に透ける赤い菱餅をたたんだ姿が「花びらに似てるじゃ~ん」ってことで、花びら餅になったそうでw
もちろん諸説ありますが、現在の花びら餅の原型が江戸時代につくられ、明治時代にお茶の世界で「初釜」の際に使うことが許され…たくさんの和菓子職人が工夫して現在の「花びら餅」になったそうです。
現在では、薄く色づけした求肥に甘く炊いた牛蒡、白味噌餡を挟んだかたちが一般的です。
牛蒡の長さは、女性用の懐紙の幅に収まるようにするのが目安。やはり初釜を意識した和菓子なんですね。
しかし、ここでまた謎なのが、雑煮の由来。
宮中で出されていた…という説が強いものの、江戸時代の尾張を中心とした東海地方では、菜っ葉と餅をお正月に頂く(「名(菜っ葉)を持ち(餅)あげる」という言葉遊び)という風習が雑煮のはじまり、という考えもあり、さまざま。
『食』の歴史には謎が多いものですが、本当に面白い。
そして、わたくしの花びら餅に対する想いは…
手間がかかる雑煮を、簡単に食べられる和菓子に仕立てて、それでいて美しく、美味しく仕上げるなんて、奇跡!
と、感動した訳です。手間はお雑煮つくるより大変でしょうけれど、宮中に集った公家たちも自分の地域と違う仕立てのお雑煮をふるまわれるより(東日本は澄まし汁、西日本はみそ仕立て、餅も角餅や丸餅、焼き餅や、餡を入れた餅を雑煮にする地域もあります)、贅沢品の砂糖をたくさん使った和菓子をお土産に頂戴する方が、何倍もうれしかったのではないかしら?なんて、思うんですよね。
でも、押鮎がなんで牛蒡??
その発想力、最高…先人の知恵に感動しながら、2026年もこんなわたくしをよろしくお願いいたします!!

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